ドイツ壁について

最近読んだ本の中で気になる記述をみつけました。リシン掻き落とし仕上について書かれたもので、リシンは大正時代にドイツからはいってきた「リシンプッツ(商品名)」が一般名詞化したもの、当時、リシン掻き落とし仕上が大流行し、ドイツ壁(ドイツリシン)と呼ばれたというものです。
ドイツ壁という呼称はリシン掃き付け仕上をさして使われていると思いますし、掻き落とし仕上と掃き付け仕上は工法も仕上がりもやはり別物です。ただしリシン掃き付け仕上も明治から大正期に流行した工法ですから、当時は外壁のリシン仕上を(掻き落としであれ掃き付けであれ)ドイツ壁と呼んでいたということなのでしょうか。そして、掻き落とし仕上は工法として定着したのでドイツ壁という俗称が使われなくなり、掃き付け仕上はそこまで普及しなかったのでドイツ壁という呼称とともに残っていると考えればいいのでしょうか。
日本庭園について調べることが多いのですが、100年前どころか50年前の常識が全く分かっていない自分を情けなく思うことが度々あります。当時の人にとっては常識だったのでしょうが、常識だからこそ活字としては残っていないものがたくさんあり、経験の有無が決定的だったりします。今はブログなどで情報発信している方がたくさんいますから、次世代にも情報が伝わるかもしれません。職人さんのブログは興味深い記事が多いと思います。
あらためてドイツ壁ですが、以前、旧家の庭を拝見に訪れたときに、戦前につくられたリシン掻き落とし仕上の塀をドイツ壁と呼んでいたことを思い出しました。私の推測が正しい気もしてきました。漆喰ではなくリシンを選択した当時の空気感までは判りませんが、リシン仕上はそれだけ画期的だったのでしょうか。
塀の写真が手元に残っていないので(撮影したはずですが)、同じ左官仕事ということでドイツ壁とは別の旧家ですが垂木を波型漆喰仕上にしている写真を載せます。