菅田庵・有澤山荘

庭園紹介,松江

昨年11月に菅田庵(かんでんあん・島根県松江市)を訪れました。適切な維持管理が難しくなって長い間非公開だったのですが、修復工事を終えて一般公開されたばかりのタイミングです。

菅田庵とは松江藩家老・有澤家の山荘に設けられた茶室のことで、松平不昧の指図によるとされています。設立当時のものがあまり改変されないで残されており、山荘一帯が国指定名勝および史跡となっています。

設立は寛政2年(1790年)説と寛政4年(1792年)説があるようです。菅田庵のパンフレットには寛政4年頃と書かれていますし、他の資料によると工事そのものは寛政元年~3年頃、不昧が訪れたのが寛政4年頃のようで、どのタイミングを設立年とするのかという違いかもしれません。茶室や庭の設計に不昧が関わった程度も厳密には不明のようです。不昧は有澤家当主と茶道における師弟関係もありましたから無関係とは考えにくいということでしょう。

一般公開では向月亭(書院)→菅田庵(茶室)→御風呂屋(待合・風呂・雪隠など)の順で見学することになりますが、本来の利用動線は。放鷹などによる汗を流して身だしなみを整え(御風呂屋)→茶を嗜み(菅田庵)→歓談する(向月亭)というように見学とは逆のコースとなります。ちなみに風呂は当時一般的だった蒸し風呂になっています。菅田庵と向月亭は建仁寺垣によって視線が遮られていますから、茶席を終えて向月亭に向かうために中門を過ぎるとそこから視界が一気に拡がります。当時は松江城とその背後の宍道湖までが遠望できたはずで、相当ドラマチックな眺望だったと思います。カシなどの大木も樹高が揃えられ(大刈込)ています。

菅田庵を紹介する文章の中に出雲流庭園とはテイストが違うとの表現も目にしたことがありますが、延段、飛石、蹲踞などの細部に着目すると松江・出雲地域の庭とは共通点も多くあり、菅田庵・向月亭が多大な影響を与えたことは間違いありませんし、その延長上に出雲流庭園もあると思います。

建物内は撮影禁止のためアプローチ部分(苔むした園路、御成門、下から見た大刈込)の写真をアップします。

   *管田庵・・・正しい表記は管田菴

   *出雲流庭園・・・旧松江藩エリア内に多く見られる枯山水の庭園様式

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