金屋子信仰と三瓶山

中国山地一帯で製鉄・鍛冶に携わってきた人々の信仰を集めていたのが“金屋子(かなやご)神”です。島根県安来市には総本山とされる“金屋子神社”がありますが、祭神は金山彦神と金山姫神、金屋子神はその子という説明になってます。
“金屋子神社”の由緒によれば、その昔、村人が雨乞いをしていたところ雨とともに播磨国岩鍋(兵庫県千草町岩野辺)に金屋子神が天降って磐石で鍋をつくった。しかし、此処には住むべき山がないので・・・吾は西方を司る神なれば西方に赴かん・・・と白鷲に乗って西国に赴き、出雲国奥比田(島根県安来市広瀬町西比田)の桂の木で休んでいるところを安部氏(宮司の先祖)が気づきお祀りしたとのことです。
「島根縣神社概説(大日本神祇會島根縣支部・昭和17年)」によると、金山彦命・金山姫命を祭る神社は県下に18社、出雲部(島根県東部)11社に対して石見部(島根県西部)7社となっています。別の資料によると祠まで含めた数は出雲部だけでも100を超えるそうです。砂鉄採取や木炭製造など“たたら製鉄”に携わる人々に広く信仰されていたことが伺えます。
金屋子の“金屋”は鍛冶師・鋳物師を指す言葉で、奈良・平安時代には釣鐘づくりや仏像制作を行う技術者集団が集住しており、それに由来する地名も近畿地方には集中しているそうです。この技術者たちは中世になると職能集団として全国を漂白し、近世になると各地に定住していくそうです。
島根県のほぼ中央にある三瓶山(さんべさん・標高1,126m)は古名を佐毘賣(さひめ)山と言います。石見銀山のある大森には佐毘賣山神社があり祭神は金山彦命。そもそも佐毘賣の“さひ”は鉄製品を意味するという説もあり、三瓶=さひめ=さひ+ひめと解釈すると、三瓶山は製鉄・鍛冶にかかわる女神ということになります。
出雲と石見の接点にある三瓶山は、古代からの続く信仰という面で“たたら製鉄”と“石見銀山”も繋いでいるかもしれません。